展望2018.7.21

“学校にクーラー”問題、署名が始まった地域も 鈴木おさむのブログに悲痛の声続々
お金の問題はともかくとして、クーラーを使うことを観念的に批判する層って確実に存在します。
私は子供の頃から暑さに弱い体質なので、クーラー無しでは夏場は過ごせません(冬場は逆に強いですが)
最近じゃ4月でも暑い日はクーラー使います。
10月でも使ってます。
それぐらい暑さには弱いですし、暑いだけでストレスになります。
でも子供の頃は居間にはクーラーは無くて、夏場は地獄でした。
学校はもちろんクーラーはありませんでした。
じゃあその環境で強くなれたかと言えば、そんな事は全くありません。
暑さに慣れなんてありません。
慣れる前に死にます。
夏場の一番暑い時期が一番忙しく、とんでもなく暑い格好で走り回りますが、慣れません。
これだけ猛暑が続く状況ではクーラーは生活必需品というよりライフラインです。
設置義務を法的に強制してもいいぐらいです。
それぐらいの状況であるという認識が国民的に広まったのは良かったと思います。
クーラーを使うことは贅沢だ軟弱だと言うのは現状認識に問題があるということです。
無視すれば良いのですが、なぜか無視されないですよね。

快適性というものは贅沢だと勘違いしている層もいます。
私は快適性というものが人生を通しての一つの重要なテーマだと思っています、
快適性を追求することは人生にとって必須です。
言い換えれば常に最善を求めるということです。
現状には必ず改良すべき点があります。
常に考え続ける必要があるのが現状だと思います。
現状を観ず、考えず、行動せず、というのが現状維持できれば良いというものです。
現状維持がいずれ破綻するのは、観ること・考えること・行動することを放棄するということです。
学校でも職場でもありとあらゆる場所で空間で快適性を求め続けるべきなのです。
学校にクーラーを設置したいけど予算がないのなら、まずは扇風機を増量するなり常に水分補給できるようにするなり快適性を追求する最善策を模索し続ければいいのです。
この問題の本質は、その「模索」を認めない層がいるということです。
こうすれば良くなるのでは?
ここを変えたら良くなるのでは?
そのような行動を一切認めようとしない層、それこそが本質的な「敵」と認識すべきなのです。












その「敵」を「バカ」とも言えますが、その正体はありとあらゆる場所にいますし、私達一人ひとりがそうである可能性もあるのです。
日本ガー日本人ガーというのは簡単なのですが、その主語には自分自身も必ず含まれているという事が認識できないといけません。

前にも取り上げましたが・・・
「半分、青い。」は、日本の衰退を教えてくれるドラマだ
とにかく衰退ガーと叫ぶ人たちに言いたいですが、衰退しているのであれば、衰退させたのは自分自身も必ずそこに含まれているということです。
なぜ他人事なのでしょうか?
子供の頃から疑問でしたが、マスメディアで語られる論理性は何もかもが他人事でした。
民主制において「他人事」である事は有り得ないわけです。
政治ガーというならその政治を選んだのは国民なわけです。
衰退ガーというのも、それを望んだのは国民なのです。
投資は悪だ金儲けは汚いと言って日銀史上最悪の総裁であった三重野総裁を褒め称えたのは誰でしょうか?
デフレーションに陥っても、ありとあらゆる政治・経済の場面において、ただ他人の足を引っ張ることだけに執心してきたのは誰でしょうか?
無駄な税金ガーと言っては低能の家計の如き節約に励み、役人ガーと言って福利厚生上許容されるべき出費も認めず、足らぬ足らぬは工夫が足らぬの如きバカの極みのような観念論に陥ったのはどこの誰でしょうか?
この二十年を衰退と呼ぶのなら、衰退の中で大人になった団塊ジュニア世代以降の者としては、衰退ガー衰退ガーと言われても「うるせえな」ぐらいにしか思いません。
それは衰退をさせた当人達が他人事の涼しい顔して上から目線で御高説を喚いている姿としか見られないからです。
誰も自分達に責任は無いとお考えのようですが、その浅はかさと無能さが今の状況を作り上げたのです。
また何かしら気がついたのなら、黙って変えればいいだけです。
現実を鑑みれば、良い方向へ変わってきた事も多いわけです。
何が、と書き出せば膨大になるのですが、少なくとも最悪期であったあの時期の事を思えば「はるかにマシ」だと私なんぞは考えています。
氷河期世代と呼ばれる世代の私から見たら、ありとあらゆる場面で展開される他人事の御批判・御高説は「うるせえな」でしかありません。
少なくとも最悪期は抜けたという実感と、これから来ると喚かれている人口減少下のありとあらゆる場面に対する「答え」は声に出せなくても内心出ているからでしょう。
一つ考えてみたら出てくる答えとしては、衰退して一番困るのは誰だってことです。
それは豊かさをただ享受してきた世代であり、何も変えることをしてこなかった世代でしょう。